枯木に花を咲かせましょう

骸は焼かれて灰になり

灰は撒かれて花になる








花の下にて




清麿が学校から帰ると、珍しくガッシュの靴が玄関にあった。雨が降り出したわけでもないのに早いな、と思いつつ部屋に入ると、ガッシュは机の上に乗って、ぼんやりと窓の外を見ていた。
「ただいま」
「おかえりなさい、なのだ」
雰囲気が沈んでいるように感じるのは、どうやら気のせいではないらしい。制服を脱いで着替えると、清麿は椅子に腰掛けた。
どこからともなく漂う沈丁花の匂いに春を感じながら、そのままお互いに無言で空を眺める。
口火を切ったのはガッシュだった。
「・・・今日、ジョン殿とお別れをしてきたのだ」
「ジョン?」
「ユミちゃんの犬だ。ユミちゃんが生まれる前から家に居ったそうだ。私もよく遊んだのだ・・・」
泣き出すかと思ったが、ガッシュは泣いてはいなかった。清麿は、金色の頭を自分の胸元に引き寄せる。されるがままに頭をもたれ掛けさせた幼子は、パートナーのシャツをぎゅっと掴んで眼を閉じた。
「・・・お別れはちゃんと云えたのか?」
「ウヌ。丘の上の桜の下でさよならをしたのだ。ジョン殿は眠っているようだった」
「そっか」
その桜の木なら知っている。樹齢100年近い大木で、毎年春になると見事な花を咲かせていたが、一応は県の所有地にあり、ささやかながら柵も立っているため、その下で花見をしようと云う者はいない。
ただ、子供には容易に入り込める場所なので、清麿も子供の頃はよく忍び込んで遊んだものだった。
「・・・のう、清麿」
「なんだ?」
「『生まれ変わり』とは本当にあるのかの?」
清麿が黙ってしまうと、ガッシュは続けた。
「ナオミちゃんが云っておったのだ。ユミちゃんがあんまり悲しむと、ジョンは心配で生まれ変われないと。ユミちゃんが泣き止めば、きっとジョンはまた帰ってきてくれると」

沈黙を恐れるように話す子供の声を聞きながら、清麿は昔不思議に思っていたことを思い出した。
なぜ、誰も世話をしていない桜の木が、毎年あんなにも見事な花を咲かせる事ができるのだろう?
その問いへの直接の答えではないが、ある日、清麿が遊んでいると、幼い女の子を連れた男の子が白い包みを抱えてやってきたことがあった。
兄と思われる男の子が土を掘り、猫か子犬ほどの大きさのその包みを埋める。
ほら、と促されて、女の子が手を合わせる。
たったそれだけの出来事。
だけど恐らく、今日を含めて、幾度となく繰り返されてきた出来事。

輪廻などというものが本当にあるのかどうか、そんなことはわからない。人も動物も植物も、死ねばやがて腐り落ち、生まれた土に還るだけ。
けれど永遠というものを、もし人が願うなら。


─ 枯木に花を咲かせましょう ─


おそらくは、そういうことなのだろう。

「のう、ジョン殿は生まれ変わるかの?もう一度、ユミちゃんに会えるかの?」

揺さぶられて、我に返る。
真っ直ぐに全てを貫く金色の瞳。
迷いなく自分を導いたその光を曇らせたくなくて、だから。






「ああ・・・会えるさ」






優しくて、哀しい嘘をついた。