「では私が勝ったら・・・一緒に温泉に入ってもらうぞ綾崎!」

温泉卓球一番勝負のすこし後。
ハヤテは虎鉄と仲良く温泉に浸かっていた。




「─いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ。訂正してください今の部分」
・・・1億5千6百80万と4千円の借金を抱えた三千院家執事・綾崎ハヤテは、そんな天然ジゴロの色香にたぶらかされた瀬川家執事・虎鉄と仲良く温泉に浸かっ
「ってそんな詳細なプロフィールはどうでも良いんですよ!てかたぶらかされたとか人聞きの悪い事云わないで下さい!そうじゃなくて、誰が誰と『仲良く』なんですか!」
「お前・・・さっきから誰と話してるんだ?」


2人の執事と1人のメイドの間で繰り広げられた温泉卓球勝負は、圧倒的戦力差でメイドの完勝に終わった。
ちなみに、戦力の決定打はメイドによる執事の人身御供であったという。黒い聖母伝説に新たな1ページが加わった瞬間であった。
「さっきから虫の声がうるさいですわね〜。蝉かしら」
いやいや今は桜咲く春・・・ってああ!ここは絶対不可侵の天井裏のはずなのに!あっやめてがぼぐぼうごが△×!$■ピーガガガガガガ

『ただいま一部音声にお聞き苦しい部分がありました事をお詫び申し上げます』








鮫肌執事と桃尻少年





「じゃ、まぁそんな訳で」
「・・・って、ちょっと待て綾崎!」
マリアと共に温泉宿を後にしようとしたハヤテは、がっしと肩を掴まれて振り返った。その視線は氷点下の如く、バナナで釘が打てる程に冷たい。
「なんですか虎鉄さん」
「忘れたのか?綾崎。私が勝ったら一緒に温泉に入ってもらうと」
「勝ったのはマリアさんですよ」
「だがお前に勝ったのは私だ。お前は約束を平気で反故にする卑怯者か?」
この手の挑発には、普通の少年誌の主人公ならば、話の展開的にも乗ってしかるべきである。が、ハヤテは普通の主人公でも普通の少年でもなかった。色んな意味で。
「詭弁ですね。僕が乗ったのはマリアさんも参加しての勝負であって、あなたとのサシの勝負じゃありません」
流れから云えば、詭弁を弄しているのはハヤテの方だが、伊達に人生の表舞台と裏街道をジグザグ走行してきた訳ではない。少年特有の安っぽいプライドとロマンチシズムが、時に決定的な命取りとなる事を、ハヤテは経験から知り尽くしていた。どんな経験かはここでは云えない。云ったらR-18とかつけなきゃなんなくなるから。
だが、敵もそういう意味では普通の相手ではなかった。
「ふん、それでは、お前の主人も卑怯者という事だな」
「・・・なんですって?」
「卑怯者の雇主は卑怯者だと云ったんだ」
虎鉄は、ハヤテの弱点がナギお嬢さまであるという事を既に見抜いていた。鉄撮・駅寝と並んで今や生き甲斐となったハヤテストーキングの賜物である。
「・・・お嬢さまを侮辱する事は許しませんよ・・・!」
「ならば卑怯者でないと云う事を証明して見せろ!体で!」
「・・・ッ!」


てな訳で。


かぽーん
という、古式ゆかしい擬音の響く中、ハヤテと虎鉄は並んで温泉に浸かっていた。
お互い何を話すでもなく、そろって温泉の縁にもたれ、ぼけっと打たせ湯のお湯などを見ている。
(・・・ああもう・・・何やってんだろう僕・・・)
ハヤテは、不本意な本日2度目の温泉に溜息をつく。
あんな挑発に乗ってしまったのは、つくづくらしくなかった。いつもなら、いや以前なら、たとえ卑怯者と罵られようと最後に立っている者が勝ちなのだと、胸を張ってそう云えたのに。
守るものの存在が、自分を強くも弱くもする─何も持たずにただ生きるため戦うばかりだった少年は、いまその事を実感していた。忸怩たる思いもあるが、不思議と不快感はないのが唯一の救いだ。
(それにしても・・・)
ハヤテは、チラリと隣の虎鉄を盗み見た。
脱衣所でもかけ湯の間も、虎鉄は不埒な行動を起こすどころか、まともに目さえ合わそうとしなかった。あれだけの執着心でもって入浴を強要したのだから、これはさぞかし激烈な攻防が展開されるに違いないと、相応の覚悟をもって挑んだというのに。
(まったく・・・いっそ何かしてきてたら、今度こそ息の根止めて帰れるのに・・・)
─と、可愛い顔で鬼のような事を考えている少年の隣で。
(いかん・・・これでは間が持たん・・・)
汗を流した傍から、新たな汗をにじませている虎鉄。
それは、虎鉄にとっても賭けだった。
もともと虎鉄はノーマル、普通に女の子とお付き合いがしたい、ごく一般的な思考と嗜好の持主である。それがどこで道を踏み外したか、一目惚れの果てに告白までした美少女は、実は男。ろくに恋愛経験も無いというのに、このまま自分はどこへ行こうとしているのか。悩まない訳では無かった。
だから、多少強引な手を使ってでもハヤテと温泉に入りたかったのだ。いくら可愛いと云っても男は男。自分と同じ、男の体を見れば、この血迷った思いも少しは醒めるのではないか、と。
駄菓子菓子。
─もとい、だがしかし。
(同じ・・・男!?反則だろうあれは!)
思い出して、また汗を噴き出した。
脱衣所でチラリと見たハヤテの体は、服の上から想像していたように─いや、それ以上に華奢だった。
細い肩に薄い胸、筋肉の質でも違うのか、きれいに肩甲骨を浮かす背中は無駄な肉どころか筋肉の存在も希薄だ。
300kgの虎を素手で倒すと聞かされた時には、自分の耳と相手の脳を疑ったものだが(ちなみに相手は雇用主の娘である)、それがガセネタではない事は、今や彼は身を持って知りつくしている。それでも、信じられないという思いが再び頭をもたげた。その体を見た今だからこそ、尚更に。
醒めるどころか逆効果だった。これでは今までの女の子と同じだ。極度の緊張から、まともに顔を見る事さえできない。ヘタレだ。ヘタレにも程があるぞ瀬川家執事。
「なんか・・・さっきから不愉快なナレーションが聞こえるんだが・・・」
「安心してください。そのうち気にならなくなります」
だが、湯に浸かっているのもそろそろ限界だ。このままでは2人そろってのぼせてしまう。
「あっつ・・・」
その時、声を洩らしたハヤテの方を反射的に見て、虎鉄は固まった。お湯から少し体を浮かせて、桜色に染まった肌を空気に晒す少年は、それはもう壮絶に・・・色っぽかったのだ。
「・・・なんですか?」
「いっ、いやなんでもない!」
不審さをにじませた声で問われ、虎鉄は我に返った。が、一旦ロックオンしてしまった視線はなかなか外れない。なんとか云い訳を、としどろもどろになっていると、ハヤテが首から下げている物に気が付いた。
「綾崎、それは・・・?」
虎鉄が指差すと、ハヤテはそれを隠すように手で包んだ。
「・・・あなたには関係ありません」
「!」
その言葉は、ハヤテが思っている以上に虎鉄に衝撃を与えた。
一瞬だけ見えたそれは、貴石のようなものがついたペンダントだった。着の身着のまま拾われたという身の上のハヤテに、装飾品などを買う余裕があるとは思えない。当然考えられるのは、誰かから与えられた物であるという事、そしてそれは文字通り、肌身離さず身につけるほど大切な・・・
「綾崎ぃ!」
「ぅわ・・・っ」
突然の出来事に、さすがのハヤテも対処が遅れた。気が付けば、両肩を掴まれて風呂の縁に背中を押し付けられている。
「ちょ・・・ッ何やってんですかこの変態!」
思わず目の前の虎鉄を見上げると、今まで見た事も無いような切羽詰った顔で、自分を─正確には自分の胸の辺りを─凝視している。
(ヤ・・・ヤバい!)
「お・・・落ち着いてください虎鉄さん。あなた執行猶予終わったばかりなんですから、自重しないと・・・」
本能で危機を感じ取ったハヤテが、必死で説得しているのも耳に入らない。
(誰なんだ一体・・・!あのチビッコか?いや、よく解らんが女の子供ならもっと可愛いものを選ぶんじゃないか。だったら両親か?いいや、子供に借金を押し付けて失踪するような親だぞ。それにこの石、おそらく相当高価な物だ。となると・・・)
虎鉄の脳内では、ハヤテが見知らぬ『誰か』にペンダントをもらったシーンが再現されていた。

『いいんですか?こんな高そうな物を頂いてしまって・・・』
『気にする事はないサ、ああやはりよく似合っている』
『でも・・・僕、お返しできるようなものなんて何も・・・』
『何を云ってるんだイ?君は1つだけ持ってるじゃないか』
『え?』
『それは・・・キミ自身サ、ハヤテ』
『あ・・・っ、ぼ、僕なんかで・・・いいなら・・・』

「どあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
虎鉄は絶叫すると、押さえつけていたハヤテの肩に力を込めた。
「もっと自分を大切にしろよ綾崎いぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「何訳のわかんないこと云ってんですかあなたは!」
もがくハヤテ。ますます力を込める虎鉄。そんな攻防が数分続いたのち、急にハヤテの体がくったりと弛緩した。
(・・・っ、駄目、だ・・・のぼせて・・・)
ただでさえ湯あたり寸前のところで散々もがいたものだから、力がどんどん抜けていく。それを観念とでも思ったのか。
「あ、綾崎・・・」
虎鉄が、顔を近づけてきた。いわゆるキスの体勢である。
(この人・・・顔は良いんだよなホントに・・・ってそんな観察してる場合じゃないよ!助けてお嬢さま!マリアさん!ヒナギクさんー!)
実際に助けられても困る人たちに助けを求めながら、思わずぎゅっと目を瞑ったその時。


「マニフェストと公約って違うのか?」
「いやいや、ロケ地といえばやはり十三だろう」
「しかし、そこに段ボール箱があったら被るものだしなあ」


どやどやと入ってきたのは三千院家SPの皆さん。そして彼らが目にしたのは─
脇をかすめて行った一陣の風と 湯船を赤い入浴剤で染めて浮かぶ、瀬川家執事の姿だった。




***



さて、それからどうなったかというと。

「ぬぁあー!!何やってんですかあなたはー!!!」
「もちろん、お前を付回しているに決まってるじゃないか」
「ストーキングだそれはぁぁぁ!!」

ハヤテへの思いを今や不動のものとした瀬川家執事は、もう迷う事は無かった。
その瞳は少年のように輝き、心は青空のように澄み渡っていたという。

そして、ハヤテの受難は続く。






E N D





いささか恥ずかしげなタイトルは某映画から。トシコ役は今なら菊○凛子がいい。
・・・という映画談義は置いといて。

下田編の11巻と12巻の間のお話。12巻を読むまで、虎鉄は恋愛の機微に疎いだけで、そこそこ真面目な人という印象でしたが、12巻で思いっきり覆されました。もちろんそんな変態執事も好きですが(面白いから)、とはいえそのまま変態路線に切り替えるのも自分が付いて行かれないので、一応自分のための補完話として書きました。
奴も一応悩んだんだよー。その結果が今なんだよー。・・・という。
欺瞞と笑わば笑え。(あああ・・・嘲笑が聞こえる・・・)

帝爺からもらったペンダント、云いつけ通り大切にしてるみたいですが、服の下に付けてるのは、どーにもえっちぃ感じがする。アンダーシャツ着てないですもんこの子。
そら花菱さんにもストリップ呼ばわりされるっつの。




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