エレクトラの恋人



(1)

「おとーさん、これ何?」

少し舌足らずな子供の声に、その人は振り向いた。そしてその小さな手に載せられた物を見て、『おや、これは・・・』と呟く。
「どこで見つけたんだい?」
「本棚の奥にあったんだ。・・・勝手に取り出しちゃいけなかった?」
小さな少年の表情が、わずかに不安げに曇る。
「いやいや、すっかり失くしたと思っていたのでね。ありがとう、見つけてくれて」
頭をくしゃりと撫でてやると、少年の顔がほっとしたように笑顔になった。
「ねえねえ、それ何なの?」
少年はその人に手の中の物を渡して、訊ねた。
「これはね、ここに入っていたものなんだよ。─ 中に何も閉じ込められてないから、化石としての価値は無いのだがね」
最後の方の言葉は、少年に向けたものというよりも、ただの独り言のようだった。その人はキャビネットの扉を開くと、中から薄い木の箱を取り出す。時々家に来るお客さんが持ってくるお土産の箱みたいだ、と少年は思った。この中にも、色とりどりの小さなお菓子がぎっしり入っているのだろうか。
びっくり箱を開ける時のような、どこか悪戯っぽい表情でその人が開けた箱の中から覗いたのは、けれどお菓子なんかよりももっと綺麗で素敵なものだった。
「うわぁ・・・!!」
箱の中に整然と収められていたのは、様々な光彩を放つ鉱物の結晶。ざくろみたいに真赤な石や、ガラスでできた剣のような石、そして、蛍の淡い燐光を思わせる透き通った石柱・・・。
魅了された少年の瞳はきらきらと輝いた。どの石も、現実のものじゃないみたいに綺麗だった。
「鉱物標本だよ。綺麗だろう?」
少年はぶんぶんと首を振って頷く。けれど、少年が一番綺麗だと思ったのは、最初に見つけたあの小さな石のかけらだった。
本当はこっそりと自分の物にしてしまおうと思ったのだ。夏の太陽を溶かし込んで固めたような、強くて暖かなあの光を。小さくて荒削りだけど、綺麗な綺麗なその石を。
けれど、たった一つだけのその存在が、なんだかとても寂しそうに見えてしまったから。

その人は、一つだけあいていた場所に、少年から受け取った石を収めた。わずかにくぼんでいた形にぴったりはまると、少年はほっとしたように微笑んだ。
「よかったね、おうちに帰れて」
云いながら、つるつると滑らかなその表面を撫でる。その人は、そんな少年の様子に眼を細めると、小さな頭に手を置いた。
「その石が気に入ったのかい?」
「うん!」
眼を輝かせて頷く少年に、
「そうか、じゃあこれはいつかお前にプレゼントしよう」
「本当!?」
「ああ、もう少しお前が大人になったら・・・」
それに。と、その人はかがみこんで目線を合わせると、云った。

「これは、きっとお前を護ってくれるだろうから」





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