エレクトラの恋人


(3)

「清麿!!!」
締め上げられていた強い力に解放され、清麿は地面に叩きつけられた。首筋や腕に絡んでいた触手のようなモノが、電撃のショックでひくひくと痙攣しながら離れていく。
激しく咳き込む清麿の許へ、ガッシュは駆け寄った。
「清麿ー!!!」
「・・・ガッ・・・シュ・・・」
ひりつく喉を押さえながら、かすれた声で答える。清麿は一瞬顔色を変え、辺りを見回したが、赤い本がちゃんと自分の手の中にあることに気がつくと、泣きそうな笑顔でそれを強く抱え込んだ。
「・・・良かった・・・」


─ 異形の魔物の急襲に、まず狙われたのは清麿だった。本だけは守ろうと必死に防戦したが、自在に動き回る触手に絡め取られ、あっという間に拘束されてしまったのだ。いつでも清麿を害する事のできる敵の攻勢にどうしようもなく、ガッシュは気を失ったパートナーの名を呼び続けることしかできなかった。
そして、意識の無い身体を蹂躙するような触手の動きに、ガッシュの怒りが頂点に達したとき ─
気を失っていたはずの清麿の口から、呪文が迸った。
一歩間違えば、清麿ごと灼き尽くす危険性を伴っていたが、雷撃はまるで対象を選ぶかのように、清麿を避けて攻撃した。


「清麿、清麿、お主大丈夫なのか?」
心配げな声に幾分弱々しい笑顔で答えると、泣きそうに歪んでいたガッシュの顔にもようやくほっとした色が浮かぶ。
「オレはどのくらい気絶してた?」
「3分・・・か、その程度だ。5分は経っていないであろう」
「そっか」
ガッシュに支えられながら立ち上がると、清麿は真っ直ぐに敵の魔物を見た。
これまでは、魔物の『子』に対する攻撃には、少なからず躊躇の念があったものだが ─ 今対峙している相手に、それを感じる余地など微塵もなかった。好んでおぞましい攻撃を選んでいるとしか思えない、そのパートナーにも同様だ。
それに、何よりも。
「ガッシュ、これで決めるぞ」
もう二度と味わいたくない思いを、幻の中とはいえ再現させられたのだ。しかも、大事な友達の姿を踏みにじるような卑怯なやり方で。
そして、何よりも大切な・・・。
「ウヌ!」
ガッシュが力強く応える。もとより、清麿の判断以上に信頼できるものなど有りはしない。
清麿は頷くと、太陽の色を映した瞳に自分の心を重ねた。
「人の頭の中、掻き回してくれた礼はしねぇとなァ!!」
赤い本が、最大級の光を放つ。

「バオウ・ザケルガ!!!」

晴れた空に、雷鳴が響き渡った。










「清麿ーーー!!!」
心の力を使い果たして倒れ込んだ清麿に、ガッシュはすがりついた。
「ガッシュ・・・奴ら、は ?」
「大丈夫だ。本は燃えたのだ」
その言葉に顔を動かすと、視界の端に逃げ去っていく本の持ち主が映る。
いつか自分に重なるのかもしれないその光景は、見る度にチクリと胸を刺した。
清麿は、重い体を反転させると、仰向けになった。青い空がまぶしい。
「・・・すまないのだ、清麿」
そんな言葉が聞こえて顔を向けると、すっかりしょげ返ったガッシュが清麿の傍らで正座していた。
「・・・?何を謝って・・・」
「また、守れなかったのだ」
ガッシュはそう云って、清麿の首筋にそっと手を添えた。背伸びをしてはいても、どうしようもなく幼さを残すそこに、くっきりと残った紅い筋状のあざ。同じようなあざが、手首や二の腕にも残っていて、まるで己の弱さを見せ付けられているようで。
「あのような・・・あのような汚らわしき者など、お主に触れさせたくはなかった!いつもいつも、私が弱いばっかりに・・・!いつだって、傷一つ付けずお主を守りたいのに!!」
あの厭わしい触手が、今なお清麿を苛み続けているような、そんな錯覚すら覚えて、ガッシュは自分の頭を叩き割りたい衝動に駆られた。
「ばーか」
慟哭するガッシュの額に、清麿はデコピンをかける。
「ウヌゥ!」
額を押さえながら、金色の瞳を見開くガッシュに、清麿はそっと笑いかけた。
「お前はいつもオレを護ってくれてるよ。ガッシュ」
「きよ・・・まろ・・・」

それは太陽の光を溶かし込んだように、暖かくて強くて。
小さくて荒削りだけど、とてもとても綺麗で、・・・いとおしくて。

あの悪夢の幻から救い出してくれた小さな琥珀の光、そのものだった。






琥珀(amber)
摩擦することにより帯電する性質を持つ。
「エレクトロン(=電子)」の語源は、
古代ギリシア語で琥珀を指す[elektron]。



END


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