「それなら、5万円でどうですか?」







爆弾はいつも、青空の下で炸裂する。
"視界良好" "コンディショングリーン"
殺傷力と空の美しさは図らずも比例する。

投下した瞬間から取り返しがつかないという点で云うならば ─
言葉という爆弾もまた、同じこと。














賽は投げられた




「だから!近寄らないで下さいって云ってるじゃないですか!」
「話くらい聞いてくれたっていいだろう!」
「話だけじゃ終わらないでしょうあなたは!」
「当り前だ!」
「威張るなーーーーーッッッ!!!」


某月某日某昼下がり。
喧嘩というにはいささか暑苦しく、追いかけっこと云うには高速過ぎる攻防戦が、都下有数の名門校として世に名だたる、ここ白皇学院の広大な敷地内で展開されていた。

(ああっもう・・・!貴重なお昼休みが・・・!)
遙かにそびえる時計塔の文字盤を確認し、追われていた方がその表情に初めて苦渋をにじませる。並大抵ではない苦労の末、ようやく手に入れた「普通の学校生活」は、彼にとっては何物にも替えがたい、宝物のようなひと時だっだ。
(それをこんな・・・不毛なやりとりに削られるなんて・・・!)
彼はスピードを緩めると、手近な木にジャンプしてようやく止まった。どんな時でも適当な距離を置く事を忘れないのは、もはや本能ともいえる身に染み付いた防衛行動だ。

「いいですか虎鉄さん。何度でも云いますが、僕はあなたとお付き合いする気はありません」
全力疾走の後にも関わらず一瞬にして呼吸を整え、一言一言噛んで含めるように云い聞かせる、少年の名は綾崎ハヤテ。現在白皇学院の一年生にして、三千院家の執事職に就く少年である。

「なぜそんな風に決め付けるんだ!いいじゃないか一度くらい付き合ってみても!」
負けじと云い返すのは、同じく白皇学院の学生にして瀬川家執事・虎鉄。こちらも息一つ乱していないのはさすがと云うべきか。黙っていればなかなかの男前だが、女装中のハヤテに一目惚れし、のみならずプロポーズまでして以来、道ならぬ恋を意気揚々と爆走中である。それはもう、最新型700系新幹線(2007年8月現在)も振り切る勢いで。

(あああもうこの人は・・・)
ハヤテは眩暈を覚えてこめかみを押さえた。
持って生まれた女顔と華奢な体、加えて穏和で受身な性格のために、昔から「その手」の連中から云い寄られる事は珍しくなかったが、ハヤテ自身は至ってノーマルである。あまり有難くないその経験値から、「その手」の輩をあしらうスキルにも長けてはいたが、悪い事に、虎鉄自身も根っからの同性愛嗜好という訳ではないという事実があった。
つまり、虎鉄に対しては、これまで培ってきた撃退マニュアルが通用しないのだ。
そんなハヤテの苦悩をよそに、ミュージカルよろしく高らかに声を響かせる虎鉄。
「ならば私も何度でも云おう!男が好きなのではない!たまたま好きになったのが男だったのだと!」
蹴ったろか。
と、思った瞬間には、ハヤテのイ○ズマキックが炸裂していた。
「ぐっふぅ・・・レバーに届いたぜお前の想い・・・」
「だったらそのまま沈んでいて下さいね」
普段のハヤテを知る者が聞いたら耳を疑うであろう冷たい声を残し、立ち去ろうとしたその瞬間。
「わ・・・っ!」
トドメを刺した安心感が油断を招いたのか、ハヤテは背後から羽交い絞めに ─ いや、抱き締められていた。
「虎鉄さん!あなたって人は・・・!」
以前、温泉地でも喰らったパターンだというのに、この男は全く懲りていない。ハヤテは顔を真赤にしつつも拳を固めた。だが ─

「好きだ」

囁かれた低い声に、全身がギシリと強張った。



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