パーフェクト・ブルー
(2) ─同日、午後6時半。図書館帰りの清麿は、最寄り駅のホームで電車を待っていた。 ホームは既に仕事帰りの人々でごった返し、ささやかな冷風機の送る風もまさに焼け石に水。 清麿はホームの端に立つと、ようやく暗くなりかけた夏空を仰いでため息をついた。 (・・・あーあ、やっちまった・・・) 本当は、もっと早く図書館を出るつもりだったのだ。だが、閲覧のみと云われて出された本はどれも予想以上に面白く、気がつけば夢中で貪るように読んでいた。 そこが近所の市立図書館ではないと思い出したのは、閲覧室の終了を告げる6時のチャイムが鳴った後。 華が仕事に行く間際、『ラッシュに引っかかると大変だから。通勤時間帯になる前に帰ってくるのよ、いいわね』と、しつこく念押ししていたのがすっかり無駄になってしまった。 (・・・ん?) 電車を待つ列の中ほどに立ち、陽が落ちかけても涼しくならない空を眺めていた清麿は、ふと違和感を感じて、辺りに視線を巡らせた。 目に入るのは、汗を拭くOL、文庫本を読みふける学生、扇子で顔を扇ぐ会社員。これと云って見るべきものもない、うだるような熱気の中のラッシュ風景。けれど ─ (気のせいか・・・?) 確かに、誰かの視線を感じたような気がしたのだが。 小首を傾げたその時、清麿の斜め前に立っていたOL風の女性がこちらを振り向いた。その視線は、だが、清麿を飛び越えた背後に注がれている。 (?なんだ?) 好奇心に駆られて自分もそっと後ろに視線を遣ると、そこに背の高い男が立っていた。 ぴったりしたシャツから覗くたくましい腕と、長い足。帽子を目深に被っていて顔はよく判らないが、隙間から零れる茶髪が色白な肌に合っていて、その引き締まったプロポーションといい、かなり目立っている。よくよく周囲を見れば、その男に注目しているのはくだんのOLばかりではないようで、そっと目配せをしては囁きあう女性達の姿があちこちにあった。 (なんだ、視線の正体はコレか) 解ってしまうと、変に意識していた自分が妙に気恥ずかしい。清麿はそっと列を離れて、別の列へと並びなおした。列の最後尾になってしまったが、こうまで混んでいればどこに立っても同じだろう。却って窓際に立つ方が楽かも知れない。 それにしてもさっきの男。 じろじろ見るのも失礼だろうと、一瞬しか確認できなかったが、ちょっと素人離れしているように思えた。均整の取れた体躯はスポーツ選手を思わせたが、ひょっとしたら芸能人か何かなのかも知れない。 (ま、オレには関係ないけど) 列車到着のアナウンスが響き、反射的に顔を上げる。 その時、清麿の心臓がドクンと大きく跳ね上がった。 誰かが、視てる。 |