パーフェクト・ブルー


(6)


2年後─

「誤解だ清麿!ここではチチはもんでない!」
「やかましい!空港ではもんでたんだろうが!」
「もんでました!」
「ザケルーーーーー!!!」


今日も今日とて中学生に電撃を食らわされるイタリアの貴公子、パルコ・フォルゴレは、遙か東洋の日本で、ささやかな休日ライフを楽しんで(?)いた。
「待たんかフォルゴレ!この女の敵ーーーー!!」
オプション(ガッシュ)を小脇に抱え、全方向掃射体勢に入っている清麿の前で、フォルゴレが急ブレーキをかける。全力で走っていた清麿は、思わずぶつかりそうになって寸前で止まった。
「あっぶねぇな!急に立ち止まんなよ!!」
「清麿!!」
止まれば止まるで文句を云う清麿を、フォルゴレはくるりと振り返る。
「な、なに・・・」
「清麿、私は常々思っていたのだが」
真剣な眼差しを向けるフォルゴレに、清麿が戸惑いの視線を向ける。いつでも応戦できるよう、ガッシュの顔はフォルゴレに向けたまま。
「君はよく私を『女の敵』と云うが、それは女性の気持ちの代弁のつもりかい?君は男の子だろう?」
「あっ・・・当たり前だろうが!!」
顔を真赤にして怒鳴る清麿に気障な仕草で首をすくめて見せると、フォルゴレはその両肩に手を乗せた。少年の身体が大きく震えたのには気付かない振りをする。
「そう、当たり前だ。私にチチをもがれた女性がそう云うのならば、私は甘んじて受けよう。しかし君は男の子だ。君が女性の気持ちを語るのは筋違いというものじゃないのかい?」
「っ・・・そ・・・それは・・・」
「清麿。男として、女性の心を思いやるのは素晴らしいことだ。だが誓って云うが、私は真に女性の嫌がるような真似はしない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・これだけは信じて欲しい。私は、本当の意味で女性の敵などではないと」
清麿は、ガッシュを抱えたまま完全に黙ってしまった。金色の髪に顔を埋めるように俯くその様子を、腕の中の子供が心配そうに窺う。
(・・・・参ったな)
軽い応酬のつもりだったのだが、マズい所を衝いてしまったらしい。泣きそうな顔の清麿も好きだが、こういったやり方で泣かせるのは決して本意ではない。
さてどうしたものか・・・。
「お〜〜〜〜い、フォルゴレ〜〜〜〜」
とてとてと音がして、パートナーのキャンチョメが追いついてきた。そう云えばかなり早い段階で振り切ってしまった気がする。
「置いてくなんてひどいよフォルゴレ〜」
「ゴメンゴメン、キャンチョメ」
パートナーを抱き上げると、キャンチョメはもともと尖った唇をさらに尖らせて、云った。
「もう、だから『アノ日』の清麿には近づかない方がいいって云ったのに」
キャンチョメの言葉に、清麿がぴくりと耳聡く反応した。
「・・・・・・・・キャンチョメ・・・・・・・・・・・・・『あの日』って何の事だ?」
あ、とフォルゴレは思ったが、その口を塞ぐより、キャンチョメが一瞬早かった。
「へっへーんだ!フォルゴレが云ってたぞ!清麿が怒りっぽいのは『アノ日』だからなんだ!フォルゴレは何でもお見通しさ!」
「ワーバカバカバカ云うんじゃない!!」
その時、空気の重さが変わった。ような気がした。
キャンチョメの口を塞ぎつつ、恐る恐る振り返る。
ゴゴゴゴゴ、と妙に圧迫感のある効果音と共に、清麿が俯いていた顔を上げた。
その表情は、思わず見惚れるほどに魅力的な笑顔で。
本は今までに無いほど光っていた。




「ザケル」




「おぎゃーーーーーー!!!」





素敵な笑顔のまま放たれた凄まじく高密度な電撃と共に、断末魔の絶叫がこだまする。
だがそれも一瞬の事。無敵の英雄は、お馴染みのテーマソングと共にすっくと立ち上がると、驚異の回復力でロケットスタートを決めた。
「待ちやがれフォルゴレーーー!今日と云う今日は絶対許さねえーーー!!!」
再び始まる鬼ごっこ。
「き、清麿、『あの日』とはなんなのだ?」
「お前は知らんでいい!!」
「もうフォルゴレ〜、なんでせっかくのオフに清麿の所に来るのさ〜」
「はっはっは、そう云うなキャンチョメ!刺激の無い人生はつまらないぞ?」
どうやら清麿の怒りも、この絶世の美男子にかかればレクリエーションの一環になってしまうらしい。

青い空の下、狭い通りを走りぬけながら、フォルゴレは思う。
あの日も、こんな風に暑い日だった。

あの時、駅のホームで人々の視線を集めていたものがふたつあった。ひとつは、お忍びで日本にやって来たスーパースター、パルコ・フォルゴレ。
そしてもうひとつは。
倦むような熱をはらんだ空気の中、子供と大人の境界線上で、性別と云う温度をまるで感じさせずにたたずむその姿に、人々は知らず眼を向けていた。
そして、その人々の中にあの男もいた。
一見大人しそうな、目立たない男。だがその眼には蛇に似た執念深さを宿しており、その視線の先が捕らえているものを知った時、フォルゴレは気がつけば走り出していた。
捕まえた男を警察に突き出すのは簡単だった。だが、そうすればあの子供もその場に連れて行かなくてはならない。どうしても、それは躊躇われた。─事情聴取と云う名の、第二の暴力にさらす事は。
その代わりあの男には、こちらの知り合いを通じて少々お灸をすえてもらった。といっても暴力沙汰ではなく、連日わざと判るように尾行させるという手段で。結構いい会社の勤め人だったようだから、かなり居心地の悪い思いをしただろうが、自業自得と云うものだ。視線の暴力にさらされる恐怖を、身をもって味わえばいい。



再会は突然だった。
あの、少年とも少女とも断じ難かった子供が、たった2年でよくもまぁここまで成長したものだと感心したが、濡れたような黒い瞳と、その奥底に湛えた凛とした光は、あの時と少しも変わっていなかった。
あの時は、まさかまた出会うとは思わなかったから、お互い名乗りもしなかった。それでも、あんな風に道化を演じて見せたのは、少しでもその記憶に残ればと思ったからだ。
辛い記憶は簡単に消せはしない。それならば、その記憶の最後の救いになれればいい、と─

惜しむらくはそう、フォルゴレの事も含めて、彼自身キレイサッパリ憶えていないらしいということ。
「・・・ったく、私はすぐに判ったというのに」
ぽつりと零れたパートナーの声に、キャンチョメが顔を上げて訊いた。
「なんか云ったかい?フォルゴレ」
「いいや。何でもないさ、キャンチョメ。さぁ、スピードを上げるぞ!!」
「うん!」



遠くから響く君の声


空は青く、陽は高く


─なべて世は事もなし









END

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あとがき