パーフェクト・ブルー


(5)

金髪の男は、スーツ姿の男の腕を掴んだままホームの裏手までやってくると、ひと気の無い壁際に乱暴に押し付けた。男の上着の内ポケットをまさぐり、財布と名刺入れを取り出すと、社員証と思しきカードを抜き取って、残りを放り返す。男の口から抗議の声が漏れたが、金髪の男の顔を見るなり口を噤んだ。
一体、どんな怖い顔をしているんだろう。
ぼんやりと思ったが、くるりと振り返った青い瞳が浮かべているのは、先程と同じく柔らかい笑みだけ。
「さあ、どうしたい?」
金髪の男が、清麿に訊ねた。
清麿は小首を傾げた。どう、とは?
「何なりと仰せのままに。このまま警察に突き出してもいいし、その筋の連中に情報を流して、堂々と表を歩けないようにしてもいい。もし君が望むなら─」先程抜き取った社員証で、頚動脈を斜めにカットして見せながら、「二度とおイタができないようにする事だってできる」
一つ提案が上がる度に蒼白になっていく男を眺めながら、清麿は静かに首を振った。
こんな男、拳を振り上げる価値すらない。
金髪の男は、そんな清麿に一つ頷くと、スーツの男に向き直った。男の身体がバネ仕掛けのようにびくんと反応するのが、何だかおかしかった。
「喜び給え!慈悲深いこの子のおかげで君の命は薄皮一枚残してつながった。だが、今日のこの感謝をゆめ忘れる事のないように。もしまたこのような事を起こそうとすれば・・・」
芝居がかった大仰な動作で、金髪の男は帽子を脱ぎ捨てる。隠していた髪がばさりと落ち、長い金髪が肩を覆った。
「・・・2度目は無いからよく憶えておけ」
この期に及んで拗ねたようにそっぽを向いていた男の小さな目が、その瞬間大きく見開かれた。
「あ・・・あんた、パル・・・」
「返事は?」
清麿に対する時とは打って変わって低く響く声に、男はただ壊れたオモチャのように、がくがくと首を縦に振り続けていた。





「─さて、帰ろうか。家まで送るよ、バンビーナ?」
先程落とした帽子を拾い、金髪の男は悪戯っぽく笑うと、清麿に向かって手を差し出した。
清麿は、やけにのろのろとした動作でその手を見つめる。云われている内容は分かるが、理解はしていないかのように。
眼の輝きが弱い。一見落ち着いて見えるのは自己防衛本能による感情麻痺だ。性的暴力で受けたストレスをこのまま抱え込もうとしている、非常に危険な兆候だった。
金髪の男はわずかに眉をひそめると、ひざまずいて清麿の手を取った。
「お嬢さん」
良く通るバリトンで、優しく囁く。
清麿の肩が、ぴくりと動いた。
金髪の男はその甘いマスクで流し目をくれて、云った。

「君は魅力的だよバンビーナ。今は発育不全でも、10年も経てば立派にもげる程のチチになるさ」

バチン☆と音がしそうなほどベタなウィンクと、手の甲にキスを一つ。見事にキメると、清麿の肩がか細く震えているのに気付いた。
・・・・・・・・・・・オレは・・・・だ・・・・・・・・・
ん?と清麿の顔を覗き込む。
ゆっくりと顔が上がり、黒く潤んだ瞳が覗く。色と云う色を全て溶かした深い色彩を持つ眼に、強い光が戻っているのに安堵した、次の瞬間。


「オレは男だっつってんだこの×××野郎!!!!!!!」


ざわめき賑わう雑踏の中、平手打ちの乾いた音は小気味良く響いたという─。








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