眼 を 閉 じ て 刮 目
せ よ
■Prologue 戦いの終りが近づいている。 幼子の眠るベッドに背を向け、暗い部屋の中、灯りひとつ点けて机に向かう。 魔界に帰った子供たちの数が、勝ち残った子供たちの数を追い越してかなり経つ。帰還する子供たちの中に、かけがえのない友の姿が加わる事も多くなった。 以前より熾烈さを増し、生命の危険をギリギリでかわす戦いも、もうすぐ終わる。 清麿は、机の引き出しを開けると、中から真新しいバルカンを取り出した。 どんな形にせよ、この戦いは終わる。 けれど、もしも望む形で終わらせる事が出来たなら。 どんなに時が経っても、この戦いを忘れないように。 たとえ戦いの形は変わっても、心分けて共に戦う日々が確かにあったのだと、幼かった彼が思い出せるように。 ─ せめてこれだけは渡してやりたい。 (・・・どーせなら、中に何か入れといてやるか) 清麿は、引き出しの中をごそごそと漁った。 今のガッシュならば、魔界に帰ってもいじめられる事は無いだろうが。 (絆創膏なんか、いいかもな) しょっちゅうキズだらけになっている顔を思い出し、つい笑顔になる。 ふと、その手が何かに当たり、手を止めた。 (これは・・・?) 引き出しの片隅から出てきたのは、白い羽根。 付け根部分から羽毛にかけて、焼け焦げたような痕のあるそれは、確かに覚えのあるものだ。─だが。 (・・・なんで俺、こんなの取っておいてんだ?) 清麿は、その白い羽根を不思議そうに眺めた。 戦いの終りが、近づいている。 アイズ・ワイド・シャット (1) 「ラウザルク!!」 太陽が中天を指す午後1時。青絵具をぶちまけたような空を、一条の稲妻が切り裂いた。光の到達地点で、小さな体を包む黒い服がふわりとはためく。 清麿はガッシュの傍にしゃがみ込み、耳打ちした。 「本を狙え。奴は速い。制限時間内で直接狙うのは不利だ」 「ウヌ」 最小限の言葉で交わされる短い遣り取りの後、ガッシュは清麿を下がらせるように一歩、進む。 清麿は小さな背中を頼もしい思いで見つめる。落雷後のどこか清浄な空気は、いまやすっかり馴染んでしまったオゾンの匂いで満ちていた。 "神鳴り"とはよく云ったものだ、と─ 場違いとは知りつつ、彼は想う。 (大丈夫・・・必ず、勝てる) 「いけ!ガッシュ!!」 「ウヌ!」 奇襲から始まった戦いは、既に5時間を経過しようとしていた。 +++ ─必ず、勝つ。 虹色の光をまとった、己の手のひらを見詰める。体中に力が満ちていくのを感じる時、ガッシュはラウザルクという呪文の力に感謝せずにはいられなかった。 ガッシュの呪文は─ 最強呪文のバオウ・ザケルガですら ─発動時にはどうしようもない不安が付きまとう。効果に対する不安ではない。全ては、発動中の記憶がないという、その事実によって。 パートナーの指先が攻撃の形を取る、その刹那に思う。 次に意識が戻った時、果たして倒れているのは誰だろう? 敵か、自分か。─ 清麿か。 ガッシュを戦慄させる3つ目の可能性は、しかし清麿自身の確実な采配によっていつも杞憂に終わっていた。それでも、真白になった心の隅で、小さいが消えない染みのように、それはどす黒い影を落としてやまない。 だから─ 「いけ!ガッシュ!!」 「ウヌ!」 だから、自分の意思で動き、かばう事が出来る"ラウザルク"は、ガッシュにとって特別な呪文だった。 |