アイズ・ワイド・シャット





(4)


清麿は、走りながら自分の姿を再確認した。もともと通学途中だったため、今着ているのは制服だ。鞄は無い。上着のポケットを探って出てきたのは、ハンカチと数枚の硬貨と家の鍵、それに、今朝ポストに届いていた絵ハガキが一通。
清麿はそれらを手に取ると、立ち止まって上着を脱いだ。風の方向を確認し、風上の樹の上に向かって制服を放り投げる。上手く枝に引っかかったのを確認して、それとは別の方向に走った。
獣の形態をしている以上、視覚より嗅覚に頼って追跡してくると踏んで仕掛けたトラップだが、ここが人間界でないならば、そういった常識が通用するとも限らない。あるいは聴覚の方が優れている場合も考えて、清麿は遠くに見える岩場に向かって硬貨を投げつけた。硬い金属音が複数響き、下の方へ落ちて行く。
(少しは時間稼ぎになってくれよ・・・!)
足音を響かせないよう、柔らかな下草の生えている場所を選びながら走ると、柑橘系の強い芳香が鼻をついた。匂いをたどってしばらく走ると、清麿の背丈ほどもある繁みが目に入る。清麿はその下に身を滑らせると、ツタや枝が網のように絡む隙間から辺りを窺った。
獣の姿は見えない。
清麿はひとつ息を吐くと、額から流れていた汗を袖で拭った。
ふと隣を見ると、拳ほどの大きさの実が、ミカンのような匂いを漂わせながら、ブドウのように鈴なりに生っている。ブドウともミカンとも違うのは、色が真青だという点だ。
食べられるのだろうか?
色が真青という一点を除いては、美味しそうと云えなくも無い。清麿は少し考えた後、実の一つを取り、齧った。すると破れた皮の隙間からたちまち透明な果汁が溢れ出したため、清麿は喉元までびしょ濡れになりながら慌てて啜る。果実はほとんど水分で出来ていたらしく、果汁を飲み干すと残った実の方は半分ほどに縮んでしまった。
香りの強さの割にはほとんど味が無く、微かに甘みを感じる程度の果汁だったが、逆に今の清麿にはありがたい。夢中で喉を潤すと、脱水症状の前兆であるこめかみの疼痛も、ほとんど解消していた。
だが、いつまでもここに潜んでいる訳にはいかない。遠からずここも探り当てられるだろうし、加えて、敵があの獣だけとも限らないのだから。
どうしようもなく震える手の甲を、清麿は思い切り噛んだ。そのまま眼を閉じ、赤い本を胸に抱きしめると、硬い表紙に自分の鼓動が当って跳ね返ってくるのがわかる。

(・・・大丈夫。絶対に、帰るから)

心臓の鼓動を確かめながら、心を分けた半身に向かって呟いた。





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