アイズ・ワイド・シャット





(14)

「・・・気付いておったのだな、清麿」
背後から響くのは、自分が知っているよりも確実に低い、"少年"と"男"の中間の声。だが、特徴的な口調は子供の頃のままだ。
清麿は、眼を閉じたまま、頷いた。
「あの時も、ザケルで助けてくれたよな」
すると、驚いたような気配が伝わってくる。
無数の黒い獣に襲われた、あの時─レイラの呪文より先に、自分を助けたもう一つの"力"。
固く閉じていた清麿の眼にその電撃は映らなかったが、濁った空気を一瞬で払うその力は、清麿がいつも肌で感じていたものだった。
「それも気づいておったのか」
「まぁな。伊達にいつもお前と一緒に戦ってない」
現在進行形のその言葉に、清麿自身の胸が痛む。
そう、この戦いは、終わっていない。自分にとっては─まだ。
「・・・『私』は相変わらず、お主の手を焼かせておるのかの?」
「何云ってんだ、自分のことだろ」
まるで他人事のような物云いに、清麿は呆れた声で返す。すると、くつくつと笑うのが聞こえた。
「そうだな、そうであったな」
誰よりもよく知っているはずなのに、全く知らない仕草、姿。
だが、何がどれだけ変わっていようと、その存在を間違える事など絶対にありえなかった。何よりもその声ににじみ出す、自分をいとおしむ気持ちそのものが、清麿にそう確信させる。
ほんの数日離れていただけなのに、無性に懐かしかった。王であってもなくても、どちらでも構わない。どんな風にその姿が変わっていても良い、いっそこのまま振り向いてしまえばと思った。振り向いて、眼を開けて。声だけではなく、その姿が見たい─

眼を開けると、視界に映る全てのものが水底に沈んでいた。
光の膜が邪魔をして何も見えない。2、3度まばたきをして、けれど、にじむ世界はすぐに闇に覆われた。

「・・・もう泣くでない、清麿」

その言葉に、清麿は初めて、自分が涙を流している事に気付いた。
そして、背後から優しく視界を包むそれが、ガッシュの手のひらだという事も。
清麿は、その大きな手に両手を添えると、再び眼を閉じた。

「・・・こんなにも、小さかったのだな・・・」

ぽつりと零れた言葉は、闇の中に溶けて、消えた。








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