アイズ・ワイド・シャット





(11)


久し振りの風呂は気持ちよく、思ったより傷にも障りなかった。治療に使ったのは、薬草から作ったというシンプルな塗薬だけだったのだが、あれだけの傷がこんな短期間で治ってしまう事に、改めて魔界の不可思議さを思う。
風呂を出ると、脱いだ衣服の入ったかごが無く、代わりに新しい上着が用意されていた。それに袖を通し、ふと見ると、さっき置いておいた絵ハガキが無いのに気付く。
(エイダが持っていったのかな?)
どの道、渡すつもりだったのだから構わないが。─まさか、ゴミと間違えて捨てられてしまったなんてことは無いだろうか。
(・・・洗濯ってことは、庭かな)
一応、確かめておこう。
清麿は風呂場を出てエイダの姿を探した。


「あれ?おかしいな」
庭に出れば、すぐに見つかると思ったエイダの姿は無かった。代わりに、既に洗い終って干されている清麿の服が、風に吹かれてはためいている。
清麿は、きょろきょろと辺りを窺って歩き出す。人間にとって魔界はまだまだ危険だから、外には出ないように云われていたが、家の周りなら大丈夫だろう。
家の裏手まで歩いてくると、そこでエイダを見つけた。おそらくは物置であろう小屋の前で、壁に向き合うように座り込んでいる。声をかけようとして、その様子がいつもと違う事に気がついた。俯いたその横顔はセミロングの髪に隠れて見えないが、心なしか肩が震えているように見える。
「・・・エイダ?」
具合でも悪いのだろうか。慎重に声をかけると、弾かれたようにエイダは顔を上げた。
(え!?)
驚いて立ちつくす清麿に、エイダは背を向けて走り出す。
振り返ったエイダの頬は、涙で濡れていた。
─その手に、あの絵ハガキを持って。
瞬間、清麿の中で全てが繋がった。
レイラにそっくりなエイダ。
焼け焦げた白い羽根。
そして、あの時清麿を救った、『もうひとつの力』─

清麿は、エイダを追って走り出した。
「エイダ!!」
(クソッ!なんでもっと早く気付かなかったんだ俺は!)
「エイダ!待ってくれ、違うんだ、それは・・・!」
エイダは振り向かない。そればかりか、そのまま森の中に入っていこうとする。
ああもう面倒だ。清麿は声を張り上げた。

「レイラ!!!」

少女がぴたりと立ち止まる。
清麿は息を整えると、その背中に向かって云った。
「聞いてくれ。その絵ハガキ、アルベールと一緒に写ってる女の子は恋人とかじゃなくって、アルベールの妹なんだ。同じ学校に入学してきたからって、その時の写真で。それに、君には読めないと思うけど、『またレイラに会いたい』って書いてあるんだ。だから」
一気に吐き出して、言葉を切った。
「・・・驚かせて、ごめんな。レイラ」
エイダが─エイダと呼ばれていた少女が振り返った。

「相変わらず、自分以外の事には勘がいいのね」

泣き笑いの表情を浮かべ、レイラはそう云った。






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