アイズ・ワイド・シャット





(9)


翌日、夕刻。
ようやく起き上がれるまでに回復した清麿は、夕食の支度をしていたエイダに声をかけた。
「えっと、・・・何か手伝おうか?」
「遠慮しておくわ。あなたの味付けはとても個性的だって聞いてるから」
間髪入れずに断られ、清麿は複雑な気分になる。
(個性的・・・ね)
言葉を選んでくれてありがとう、と云うべきなのだろうか。
ぼーっと突っ立っている訳にもいかないので、持っていた赤い本をテーブルの上に置き、適当に腰掛ける。すると、エイダが木でできたカップを2つ持って、その1つを清麿に手渡した。
「あ・・・ありがとう」
薄い茶色のその飲み物に口をつけると、ミルクティーに似た味が広がる。甘さを控えめに加減してあるそれは、甘いものの苦手な清麿にも美味しく感じられた。
エイダは無言でテーブルの向かいに腰掛ける。相変わらず無口で愛想も無いが、こうして時折見せる細やかな優しさなど、その外見年齢を別にすれば、本当にエイダはレイラにそっくりだ。
『血縁のようなもの』とは云っていたが、実際レイラとはどういう関係なのか、レイラは今どうしているのか─訊きたいことは山ほどあったが、プライベートな内容には、あまり立ち入るべきではないかも知れない。迷っていると、エイダの方から声をかけられた。
「あなた、どうしてここに来たの?」
それは清麿自身が知りたい事だった。仮説ならいくらでも立てられたが、魔界についての基本知識が不足している以上、それは机上の空論でしかない。エイダに話すことで、少しは確証が得られるだろうか。
清麿は、ここに来るまでの経緯を話しだした。
鳥型の魔物の子との戦い、最後に発動した呪文、森で襲われた獣のこと・・・

「どうして俺は・・・魔界に来てしまったんだろう?」
全てを話し終えた時は、すっかり陽が落ちていた。エイダは無言で立ち上がると、テーブルに皿を並べ始める。清麿もそれを手伝おうと立ち上がると、エイダは手で『座ってて』という仕草をした。
再び椅子に戻った清麿に、唐突にエイダが口を開いた。
「─それはおそらく、あなたが戦っていた魔物の子の力ね」
「・・・え?」
それが、先程の清麿の問いに対する応えだと云う事に、一瞬気付かず反応が遅れる。エイダは気を留めず、皿にスープをよそいながら続けた。
「その子はとても素早かったのでしょう?多分、単に動きが早かっただけじゃなくて、空間そのものを捩じ曲げるのがその子の能力だったんじゃないかしら」
そう云われれば、と清麿は最初の戦いのことを思い返した。
戦いながら敵の姿を見失い、気配すら感じられなくなることが何度かあったが、今にして思えば、それは撒き散らされた羽根と羽根の間での移動だった。おそらくはエイダの云うとおり、定めたポイント間でのみ有効な空間転移能力だったのだろう。
そして、最後に放たれた新呪文が、自分以外の対象物をも巻き込むものだったなら。もしもあの時、攻撃を受けたのが、清麿でなくガッシュだったなら・・・
そこまで考えて、清麿は蒼ざめた。
あの少女は─意図しての事かは知るすべも無いが─ガッシュを強制送還の道連れにするつもりだったのだ。
思わず手の中に赤い本を強くかき抱き、深い安堵のため息をついた。

(良かった・・・攻撃を受けたのがあいつじゃなくて、本当に良かった・・・)

+++

夕食の後、エイダは長方形の薄い紙包みを取り出すと、清麿に渡した。
「これは?」
それを受け取り、首を傾げる清麿に、エイダは云った。
「持ってなさい。あなたが迷わず帰るためのお守りよ」


部屋に戻った清麿は、ベッドに腰掛けると、先程もらった紙包みを取り出した。
中に何か入っているようだが、とても軽く、透かしても何も見えない。
紙を開くと、中から出て来たのは・・・白い羽根。
『かつて白かった』と云った方が正確かもしれないそれは随分と古びていて、あちこち変色している。けれど記憶のどこかに引っかかるものがあり、清麿はしげしげとそれを眺めた。
(・・・似てる・・・でも、まさかな・・・)
心の中で独りごちながら、羽根の裏側を見る。
瞬間、心臓が跳ね上がるような衝撃を覚えた。
「・・・これ・・・」
裏側には、付け根部分から羽毛にかけて、焼け焦げたような痕があった。
こちらに来る前の戦いを思い出す。あの時、ガッシュの電撃によって、これと同じような痕をつけた羽根が、あちこちに散乱していた。その1つが、自分と一緒についてきていたのだろうか?
清麿はその時の状況を克明に思い出す。答えはNOだった。
大体、この色あせ方からして、この羽根があの魔物のものと同じだとは思えない。だが、確かにこの焼け焦げ方には見覚えがあった。
ガッシュの電撃でついたものと、同じ焼痕─

「何故・・・これがここにあるんだ・・・?」






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