ここにいつも、女の子がいるんです。
ええ。ちいさな頃からずっと一緒でした。
・・・名前ですか?・・・わかりません。
でも、彼女はとてもいい子なんです。
優しくて穏やかで
大切な壊れ物みたいに
誰でも守ってあげたくなるような子で
僕とは何もかも、違う。
フェザータッチ・オペレーション
Feathertouch Operation
<A.M. 7:40> (-10h20m)
鉄ちゃんの朝は早い。
「鉄ちゃん」とは、いわゆる鉄道愛好家、鉄道ファンの愛称である。
鉄道趣味とひと口に云っても幅広いが、最も一般的なのは鉄道撮影だろう。
鉄道に限らず、撮影とはおしなべて光との戦いだ。刻一刻と変化する光源を的確に捉えるには、夜明け前のスタンバイが撮影者の鉄則であり常識であるが、ことに鉄撮ともなると、被写体が深夜早朝にしか姿を見せない特殊貨物だとか、一般人の迷惑にならない時間帯を選ぶべしという理由からも、自然早朝撮影が多くなる。
とかいうディープな背景はさておき。
そんな訳で、鉄ちゃんの一人であり現役高校生でもある瀬川家執事・虎鉄は、趣味の早朝撮影を終え、愛用のキャノンを駅のコインロッカーに預けると、慣れた様子で駅舎を後にした。ちなみに今日は金曜日、真っ当な学生さんならそろそろ登校し始める時間帯である。
「朝露を弾いて走る銀の車体・・・やはり朝は良い。しなやかな弾力を感じさせるフォルムといい、まるで綾崎の肢体のような・・・」
本人が聞いたら間違いなく埋められそうな怪しい独り言を繰りつつ、通学途中にある大きな公園に差し掛かったところで、
「!」
空気の揺らぎを感じて、彼は振り返った。
(・・・複数の・・・足音・・・)
不穏な気配を肌で捉えて身構える。
仕家の事情に最も詳しい『執事』という立場上、彼にとって夜討ち朝駆けの類は大して珍しいイベントではない。もっとも、知り合いの執事に云わせれば、『そんな武闘派の執事は君くらいのものですよ』との事だったが。
(1人と複数・・・1人は軽い・・・追われている?)
ともかくも、そんな持ち前の感覚でもって、不穏な気配の正体が、1人の人間を複数で追っているものだということ、追われているのは足音の軽さからおそらく女であるということを看破する。
どんな事情かは知らないが、か弱い女が追われているなら助けない訳にはいかない。決して下心からばかりではなく、ごく自然に結論付けたところで、頭上の梢が幹を揺らした。
「!」
青葉を散らし、視界の隅に姿を現した『彼女』を見て、目を疑う。
裾の長い黒のワンピースに、純白のエプロンドレス。足許は機動力に欠けるブーツというハンデをものともせず、その高いヒールで力強く木肌を蹴りつけ、梢から梢へと飛び移る。
反動のみを利用した鮮やかな跳躍に、我を忘れて思わず見蕩れる。
その瞳が、一瞬だけ眼下の自分を見た。
凪いだ水面のような、表情の無い瞳で。
「あ・・・綾崎っ!?」
叫んだ時には、もうその姿は無かった。
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