<A.M. 8:45> (-9h15m)


実際には男2人ながら、どう見ても男女にしか見えない執事とメイドが朝っぱらからくっついて転がっているのはいかにも体裁が悪く、下手をすると不審者として通報されかねない。それに平日の今日はもうじき工事が始まるはずで、そうなればのんびり寝てもいられないだろうから、虎鉄はハヤテを起こさないよう注意を払って抱き上げると、離れたベンチへと移動した。散歩中の老人や、ウォーキング中の女性の物問いたげな視線はとりあえず無視する。
相手は熟睡中とは云え、好きな子をお姫さまだっこできる幸せの余韻にひたっていると、つい欲が出て、寝かせたベンチでひざまくらなどをしてしまうヘタレ執事。
「い・・・いやいやいや決してこれはやましい気持ちではなくベンチは硬いしいくらかましだろうと!」
訊かれてもいないのに言い訳をするあたりがヘタレのヘタレたる所以だろうか。ともかくそんなヘタレに天罰が下ったのか、ハヤテは身じろぎすると、唐突にパッチリと目を開け、幸せな時間はあっさりと終りを告げた。
「あ・・・っす、すまない。起こしてしまったか」
身を起こすと、そのままキョロキョロとあたりを見回すハヤテ。と、何かを探すその視線が、一点で固定された。
「なんだ?・・・あ」
一見少女のように見える少年は、虎鉄がそれに気付いたと見るや、『むー』とでも云いたげに唇を尖らせて頬を赤らめる。初めて見る拗ねたような表情に、
(か・・・可愛い・・・ッ)
と、だらしなく鼻の下を伸ばす虎鉄の膝から、ピョコンという擬音が聞こえそうな仕草で降り立つと、引き止める間もなく少年は駆け出した。
「あ!おい!」
駆けて行ったその先には、公園管理の公衆トイレ。
「・・・って、あいつどっちに入るつもりなんだか・・・」
戸惑いつつ呟くと、
「そりゃ女子トイレだろう。あれでも自分が今どんな姿をしているかはわきまえている」
背後から鋭い声が飛んできて、虎鉄は振り返った。─が、誰もいない。
「おいコラ!どこを見ているんだ!ここだここ!」
もしここに、上方お笑いにはちょっとうるさいあのお嬢さまがいたら、『♪見下〜げて〜ごらん〜』と歌って気付かせてくれた事だろうが、生憎そう都合よく彼女は居ない。そのため遙か下の辺りにようやくその姿を見つけたのは、たっぷり1分は視線をさまよわせた後だった。長い髪をツインテールにした、いかにも勝気そうな瞳が印象的な少女。
「・・・なんだお前か、チビッコ」
「三千院ナギだ、馬鹿者!」
少年執事の主、その人だった。



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