<A.M. 10:00> (-8h00m)



(とは云ったものの、これからどうしたものか)
ハヤテと連れ立って、公園の散歩道をてくてく歩きながら思案する。
正直な所、戸惑ってはいた。相手はハヤテであってハヤテではない。それこそ、出会って数秒で(一方的に)恋に落ちた"綾崎ハーマイオニー"その人と云っていい。そんな相手と、これから8時間もの間2人きりだという。嬉しくない訳がないが、と云って手放しで喜べるほど単純な状況でもない。
考えてみると、ハヤテとは最初の一回を除けばまともに話をしたこともなかった。ハヤテはいつも自分の姿を見るや逃げるのが常だったから、自業自得と云えばそれまでだが。
─つまり、こうして大人しく隣にいることが既にありえない事態なのだ。
にわかにその希少さに気付いた虎鉄は、いつもはなかなか落ち着いて見せてもらえない、その端正な横顔をまじまじと見つめた。
色素の薄いさらさらの髪に、やはり少し色素の薄い肌、瞳。男にしては華奢であるという以上に、儚い印象すら与えるのは、何もかもが淡いこの色合いのせいだろうか。
そのくせ、いつもは硬く引き結び、今はその幼さを表すようにややほころびているちいさな唇は、少しだけ朱を刷いたようにあかい。
(いつもながら・・・反則ものの可愛さだなこれは・・・)
斜め上から見下ろしているため、常に濡れたような光を湛える大きな瞳が、長さの際立つまつげに縁取られて半分しか見えない。それが惜しくて無意識に覗き込もうとした時、ハヤテが唐突に顔を上げてこちらを見た。
「えッ、あ、う、いやそのあのこれは別にッ」
別に疚しい事を考えていた訳ではないが、その透徹した瞳に見つめられると、つい動揺が先立ちあらぬ事を口走ってしまいそうになる。だが、ハヤテはそんな虎鉄の様子に構う事なく、袖を引っ張ると突然駆け出した。
「お、おい今度はどこへ・・・って」
連れて行かれた先にあったのは、色とりどりの飴を満載したワゴン車だった。赤にピンクにレモンイエローと、いかにも女の子の好きそうな色彩で彩られた移動式店舗の周りを、ハヤテが物珍しげにくるくると周っている。
その様子は、少女と云うにも幼すぎる、子供の所作そのもので。
虎鉄は、さっきまで妙に身構えていた自分を思い出して苦笑した。
(そうだな・・・どんな格好をしていたって、綾崎は綾崎だ)
しばらくそんなハヤテの珍しい姿を堪能して、ふと気付いた。覗いたり見上げたりと忙しいハヤテはいかにも楽しそうだが、その両手は常に背中で組まれ、前に出ることがない。
(・・・?手に取って見ればいいのに)
今も、一番高いところにあるジェリービーンズを、少し踵を上げて見ている。決して届かない位置ではないのだから、手に取ればもっと見やすいだろうに。
虎鉄は首を傾げつつ、無造作にそれを手に取った。ハヤテが「あ」の形で口を開けるのに気付き、『とらないから』と手でジェスチャー。
「店主、これはいくらだ?」




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