<A.M. 9:45> (-8h15m)



「お前もストーカーの端くれなら、ハヤテの生い立ちは知っているな?」
相変わらず余計な一言が気になったが、事実なので渋々頷いた。
「知っての通り、ギャンブルに明け暮れ子供に生活費をたかり詐欺の片棒を担がせ、挙句借金のカタに売り飛ばすという非道な親だが─」
一応全て知っていた事だが、まとめて聞くともの凄い無軌道振りだ。
「─重要なのはそこじゃない。問題は、無条件で守られるべき時期に守ってもらえなかったという事だ」
ざあっと一陣の風が吹き、遠くで遊ぶ少年のスカートを乱した。構わず鳩を追いかけるその姿に、少女が目を細める。
「ハヤテは一見あけすけな人間だが、裏表が無いのと何も考えていないのとは違う。誰からも守ってもらえなかった子供が自分の心を守るために築いてきたものは、どんな装甲よりも厚いはずだ。─それが今は、ない。今のハヤテにとって、それがどれだけ危うい事か、お前にわかるか?」
虎鉄は頷いた。淡々とした言葉だからこそ、少女がどれほど少年の身を案じているのか、痛いほど判る。
「─ だけど、広大な屋敷もSPも、ハヤテを守るどころか怯えさせるばかりだった。・・・私は、ハヤテを鎖で縛り付けるような事はしたくない。それでは、体は守れても心は守れない。・・・だから、お前に頼む」
ナギはそこで初めて虎鉄に向き直ると、真剣な瞳で訴えた。
「ハヤテを守れ。羽毛で包むように大切に扱え。傷ひとつでもつけることは許さない・・・!」
頼むと云いながら傲慢な口調に、逆に虎鉄はほっとする。自分もよく知るお嬢さまという人種に、懇願は似合わない。それに何よりも。
「頼まれなくても、決めていたさ。最初から」
それを聞くと、天邪鬼な少女は眉間に皺を刻んだまま「帰る」と云い放って立ち上がった。それを潮に、背後に控えていたSP達も一斉に立ち上がる。てっきり監視されるものとばかり思っていた虎鉄が、意外に思って聞き返すと、
「ハヤテが私以外の人間になびくところなど見たくも無い」
そっけなくそう云って、ふと悪戯っぽく笑った。
「それに、今のハヤテは身を守ることにかけてはためらいがないからな。手を出すならアバラの二、三本は覚悟しておけ。帝の爺の城で倒されたSPの数を聞きたいか?」
聞くのはやめておいた。好奇心は猫だって殺すのだ。
同時に、最後の疑問に思い当たり、問い掛ける。
「そういえば、三千院翁はなぜ綾崎にメイド服を着せたんだ?」
するとそれまで滑らかに状況説明をしていたナギが、珍しく逡巡するような間を置いて、答えた。
「わからん」
「・・・は?」
「だから、わからんのだ。爺が云うには、着替えは他にもたくさんあったのに、一番端にたまたまあったメイド服を自分で着たそうだ」
・・・それは一体、どう解釈したものか。唸る虎鉄に、去り際のナギが背中越しに声をかけた。
「では、今夕6時に迎えに来る。魔法が解けるまで、精々短い逢瀬を楽しむんだな」
その言葉に、ようやく先ほど聞いた「サンドリヨン」が、シンデレラの事だと思い至った。
と、執事服の袖を引っ張られ、見るといつの間にかハヤテがちょこんと隣にいた。虎鉄の眉間の皺を見てか、ほんの少し不安そうな曇り顔。
虎鉄はひざまずくと、少年の手を取り恭しく告げた。
「─さて、何をして遊びましょうか。シンデレラ?」
見下ろすハヤテの表情に、みるみる明るい光が差す。

遠くで時計塔が10回鐘を打ち鳴らした。



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