<A.M. 9:00> (-9h00m)
「お前たちは引き続きハヤテの監視を。私はこいつに話がある」
ナギは背後に控えていた黒服の男たちに命令すると、さっさとベンチに腰掛けた。仕方なく虎鉄も隣に座る。
「─どういうことか、説明してもらおうか」
「ハヤテが女子トイレに向かった理由か?」
「そうじゃない!─いや、それも疑問だが。・・・綾崎に一体、何が起こったんだ?」
虎鉄が疑問の根源を口にすると、少女の勝気な瞳がわずかに曇った。
「身内の恥をさらすのは忍びないが、全ての元凶はあの爺だ」
「爺?」
「三千院家の現当主。三千院帝」
<intermission>
一昨日の昼、三千院の本家からナギに緊急回線が入った。曰く、帝が急に体調を崩し、危険な状態であるという。
それを聞いたナギは、正直『またか』とウンザリした。唯一直系の孫娘たる自分をどう思っているのかは知らないが、帝は時々こうしたホラを吹いてはナギを呼びつける。もちろん目当てはナギではなく、一族の誰よりも信頼し、重きを置くマリアだ。これまでも帝は似たような手で、『チェスの相手をして欲しい』だの『マリアの声で株価銘柄一覧を読み上げて欲しい』だのといった、くだらない望みを叶えている。
できれば素無視したかったところだが、それを許さなかったのが当のマリアと、執事のハヤテだ。
「そんなにひねくれるものじゃありません。たった一人のお爺さまなのに」
「そうですよ。すぐに行ってさし上げるべきです。たった一人のお爺さまなんですから」
そのたった一人の孫娘の方が、帝にとってはオマケに過ぎないという事はナギ本人が一番よく解っていたが、生真面目な2人に真摯な目で詰め寄られては、我を張る自分の方が極悪人になったようで気分が悪い。
不承不承、学校を休んでまで(それはいつもの事だが)、千葉のおとぎの国のような城を訪れたナギは、寝込むどころか相変わらずピンシャンした様子で庭師ごっこなどをしている帝を見て、隣に立つメイドと執事をにらみつけた。
(ほら見ろ!やっぱり仮病じゃないか!)
(まあまあ、良かったじゃないですか大事に至らなくて)
(そ、そうですよお嬢さま!人間健康が一番ですよ!)
帝はそんな3人を前に、いかにも好々爺然とした、けれど食えない笑いを響かせた。
「ほッほッほ。若者同士、目で会話しとらんと、まぁせっかく来たんじゃからのんびりして行くが良い。ほッほッほ」
当然、ナギにはのんびりするつもりなど無かった。万が一にもエロ爺にいらぬちょっかいなどかけられぬよう、自分の傍からマリアを片時も離さず、翌朝にはさっさと引き上げるつもりだったのだ。
だから夜になって、ハヤテがどこにもいない事に気付いた時には、何もかもが遅かった。
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